久しぶりに「民法を学ぶ」シリーズです。
今回は相殺について学んでいきたいと思います。
前回までのブログ記事は以下をご覧ください。
相殺の意義
相殺とは、当事者が互いに同種の債権を有している場合に、一方の意思表示によって、対当額で債権を消滅させる制度をいいます。
例えば、AがBに対して100万円の貸金債権を有し、BもAに対して100万円の売掛金債権を有している場合、それぞれ支払いをするのではなく、相殺することで債務を消滅させることができます。
このように相殺は、決済の簡略化や債権回収の確実化という役割を持っています。
相殺の要件
相殺が認められるためには、主に以下の要件を満たす必要があります。
① 同種の債権を有していること
相殺は、同種の給付を目的とする債権である必要があります。
② 対当性(相対立する債権であること)
当事者間で、互いに債権・債務の関係にあることが必要です。
すなわち、一方が相手方に対して債権者であり、同時に債務者である関係にある必要があります。
◆時効消滅した債権との関係
時効により消滅した債権であっても、時効完成前に相殺適状にあった場合には、その債権を自働債権として相殺することができます。
◆時効消滅した債権の譲受人
時効完成後の債権を譲り受けた者は、その債権を自働債権として相殺することはできません。
◆抵当不動産の第三取得者
抵当不動産の第三取得者は、原則として相殺を主張することはできません。
すなわち、第三取得者が抵当権者に対して有する債権を自働債権とし、抵当権者が被担保債権として有する債権(債務者に対する債権)を受働債権として、相殺することはできません。
③ 弁済期の到来
相殺をするためには、債権の弁済期について次の要件が必要です。
自働債権(相殺する側の債権)
弁済期にあることが必要です。すなわち、現に履行請求が可能な状態にあることが求められます。もっとも、自働債権に期限の定めがない場合には、債権は成立と同時に履行請求が可能であるため、直ちに相殺に供することができます。
受働債権(相手方の債権)
原則として弁済期にあることが必要と解されています。もっとも、この点については柔軟に考えられており、受働債権について期限の利益を有する者は、その利益を放棄することによって弁済期を到来させることができます。重要なのは、単に「放棄できる」だけでは足りず、実際に期限の利益を放棄して弁済期を到来させた上で相殺の意思表示をする必要があります。
④ 相殺が禁止又は許さないものでないこと
法律や当事者の合意により、相殺が制限される場合があります。
◆同時履行の抗弁権との関係
相手方が同時履行の抗弁権を有している場合には、原則として相殺はできません。
これは、相手方の債権が履行を拒むことができる状態にあり、実質的に弁済期にあるとはいえないためです。
◆不法行為により生じた債権との関係
不法行為により生じた債権との関係では、被害者保護の観点から相殺に制限が設けられています。
受働債権が不法行為に基づく場合には、原則として相殺は認められません。これは、不法行為の被害者が加害者から十分な賠償を受けられなくなることを防ぐためであり、被害者保護の趣旨に基づくものです。もっとも、このような債権であっても、その不法行為に基づく債権を第三者が譲り受けた場合には、もはや直接の被害者保護の必要性が後退するため、相殺が可能と解されています。
自働債権が不法行為に基づく場合には、相殺は妨げられません。
すなわち、相殺する側が不法行為に基づく損害賠償請求権を有している場合には、その債権をもって相殺することが可能です。これは、この場合には被害者保護の問題が生じないためです
◆差押禁止債権との関係
差押禁止債権との関係においても、相殺には一定の制限が設けられています。差押禁止債権とは、債務者の生活保障等の観点から強制執行の対象とすることができない債権であり、具体的には給与債権や扶養請求権などがこれに当たります。
受働債権が差押禁止債権である場合には、原則として相殺は認められません。
これは、相殺を認めると、実質的に差押えと同様の結果を生じさせ、債務者の生活を保護するという差押禁止の趣旨を没却してしまうためです。
自働債権が差押禁止債権である場合には、相殺は可能とされています。
この場合には、相殺によって差押禁止債権そのものが他者によって奪われるわけではなく、債権者自身の意思に基づいてその債権を用いるにすぎないため、差押禁止の趣旨に反しないと考えられるからです。
相殺の方法
相殺は、当事者の一方による意思表示によって行います。
相手方の同意は必要なく、単独行為です。
方法について特に形式の制限はありませんが、後日の紛争を防ぐため、内容証明郵便など書面で行うことが一般的です。
なお、相殺の意思表示には、条件や期限を付することはできないとされています。
相殺の効果
相殺が有効に成立すると、両債権の対当額の範囲で双方の債権は消滅します。
また、その効力は、原則として相殺適状の時点にさかのぼって生じる(遡及効)とされています。このため、利息や遅延損害金の計算にも影響を及ぼすことがあります。
相殺と差押え
相殺と差押えがぶつかったとき、どちらが優先するでしょうか。
差押えと相殺の関係は、債権者保護と当事者間の公平の調整という観点から整理されます。
まず、差押え前に取得した債権については、広く相殺が認められます。すなわち、差押えの時点で相殺適状にあったかどうかは問われず、その後に弁済期が到来し、相殺適状に達すれば相殺することができます。
これに対して、差押え後に取得した債権については、原則として相殺は認められません。これは、差押え後に新たに債権を取得して相殺を許すと、差押債権者の期待を害し、差押えの実効性を損なうおそれがあるためです。
もっとも、ここには重要な例外があります。
すなわち、差押え後に取得した債権であっても、それが差押え前の原因に基づいて発生したものである場合には、相殺が認められます。
例えば、差押え前に締結されていた契約関係から後に発生した債権などがこれに当たります。
この場合には、形式的には取得が差押え後であっても、実質的には差押え前から基礎となる法律関係が存在していたため、相殺を認めても差押債権者の不測の不利益にはならないと考えられています。
しかし、この例外にもさらに制限が加えられます。
すなわち、差押え前の原因に基づく債権であっても、それを差押え後に第三者から譲り受けた場合には、相殺は認められません。
このような場合にまで相殺を認めると、差押え後に意図的に債権を取得して相殺に持ち込むことが可能となり、差押え制度の実効性が著しく害されるからです。
(差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
民法第511条 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。
2 前項の規定にかかわらず、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。
まとめ
相殺は、当事者間の債権債務を簡易に整理できる便利な制度ですが、その成立には複数の要件が必要です。弁済期の到来や相殺禁止事由、差押えとの関係など、条文だけでなく具体的な場面を意識して整理することが重要です。
今後も民法について学んだ内容を整理していきたいと思います。
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スタッフ 上村